三重県の南部、尾鷲市にあるカフェ、scale-158での日常をお伝えします
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未分類
PROFILE
cafe Scale

開業:2002年2月
形態:カフェ

営業時間 8:00〜19:00
定休日 水・木曜日
住所 三重県尾鷲市宮の上5-11
電話  0597−22−5258

掲載写真の無断使用はお断りします。
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カテゴリ:flower&plant( 61 )
帰ってから、おなかがすいてもいいようにと思ったのだ。
今日の尾鷲地方は晴れ。台風も過ぎ去り、まだ風はあるものの濃い青空が広がっています。
台風は夜のうちでしたが、私の知る限り大した被害もなく、お店も無事です。
心配してくださった方、ありがとうございました。



さて、尾鷲市の『九鬼』というところで作られている銘菓で『九鬼水軍虎乃巻』、通称『とらまき』というお菓子があります。
尾鷲市のホームページでも紹介されているくらい尾鷲では有名で、とても美味しいお菓子です。

尾鷲のスーパーやお土産屋さんでも買えますが、大量生産というほど大量生産はしていないので、売り切れてしまうこともあります。
生菓子ですし、作り過ぎて廃棄するよりもそっちのほうがいいと思いますし、たぶん作っている側もその量でちょうどいいのかもしれません。

京都に『ふたば』というお店があります。
そのお店の『豆餅』はその界隈では有名で、売り切れてしまうこともあります。
先日、名古屋の百貨店で『京都物産展』が行われた時も、『ふたば』が出店して話題になりましたが、開店前から行列ができ、わずか十数分で売り切れとなってしまったそうです。

というのも、物産展用に用意したお菓子の量も、そもそも多く無いのだと思います。
もちろん美味しいのもあるんでしょうけど、『ふたば』というお店のブランド力や、希少感が人気を後押ししているのだと思いますし、無理して大量生産しないというスタンスもなんだか好感が持てます…。

なんとなく、九鬼の『とらまき』にもそんなスタンスを感じています。
(失礼ながら)細くでも、長く続いていってほしい、と思う尾鷲のお菓子です。



先月、尾鷲に昔からあるパン屋さんが閉店しました。
私が小学校の時は、小学校の給食用のパンを作ったりもしていたところで、社会科見学にも行った記憶があります。

商店街に店頭で売るお店があって、昔はその二階でお茶も出来るようなお洒落な作りでした。

その店頭のお店が先に閉店して、それからは自社で作っていたパンをスーパーや病院の売店、学校の売店などに卸していました。
私が中でも私が好きだったのは『シナモンパン』。
熊野古道が世界遺産に指定されたから、そのシナモンパンは『熊野古道の石畳』という商標登録で販売していました。

そして先月そのパン屋さんの完全閉店に伴い、その『熊野古道の石畳』というシナモンパンも姿を消してしまいました…

ちょっと寂しいです。

私、今はそうでもないのですが、以前はよく夏に体調を崩すことが多くて、体全体がしんどくて、食べ物も受け付けなくなってしまうことがあったのですが、そんな時はそのパン屋さんのシナモンパンをよく食べていました。

食欲が無い時、食べ物を身体が受け付けない時は、パンに頼るのが私の場合は良いのですが、その頼るべきパンが一つ減ってしまい、少し悲しいです。

あのパンだけでも他のパン屋さんが引き継げば良かったのに…とか勝手なことを思ったりしています(^^;)


昨夜見たドラマの内容ではありませんが、人間、どんなに悲しくても、どんなに落ち込んでいても、食べないと生きていけません。
『食べて生きている』という当たり前すぎることを、実は日常の中で意識していない人が驚くほど多いことに、この仕事に就いてからよく知ることになりました。

そういえば、[高山なおみ]さんの『帰ってから、おなかがすいてもいいようにと思ったのだ。』という不思議なタイトルのエッセーがありますが、そのエッセーのタイトルの元になったのは、病院に大事な人の見舞いに行って、あまり希望が持てない状況の中で心身共にが疲れてしまったけど、病院の帰りにサンドウィッチを買って、「帰ってから、おなかがすいてもいいようにと思ったのだ」ということです。

悲しい時や落ち込んでいる時に、食欲ってなかなか湧きにくいものですが、それこそ悲しいかな、でもちゃんといつかは人間おなかがすいてしまうものです。

「こんな時くらい、おなか、すくんじゃないよ」

とか自分の体に思ったりもしますが、すくんですよね、おなか。
絶対すくんですよ、おなか。
いつかは絶対。

私も体調を崩したりした時、食欲が落ちた時でも、シナモンパンの香りにいつも助けられていました。
あの香りを嗅ぐと、「やっぱり食べたいんじゃん」とか思います。


勝手なもんですが、パンって、そういう力があると思います。


シナモンパン製造の最後の日、知り合いがカフェにシナモンパンを届けてくれて、これで最後になるであろうそのパン屋さんのシナモンパンをありがたくいただきました。

お疲れさまでした。

私も今度、シナモンパン作ってみようかと思います。



あ、関係無いですけど、昨日のテレビドラマはBSプレミアムでの『昨夜のカレー、明日のパン』というドラマ。
(ちょうど台風が接近していて、映像が乱れてほとんど観れませんでしたけど)

フードコーディネートをしているのが高山なおみさんでした。



写真はよく登場する『ウォーターマッシュルーム』。

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元気に茂っています











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by scale-158 | 2014-10-06 20:05 | flower&plant | Comments(2)
バジルの森
今日の尾鷲地方は…薄くもり。


朝晩涼しくなってきました。
お昼は日が射すと温かいです。

そんな中、3つのプランターで育てているバジルが元気に繁茂しています。
バジルの収穫時期は6月〜10月くらいまでといわれていますので、もうそろそろ終わりの時期かもしれません。
(と、言っても尾鷲地方は温暖ですし屋内に移動したり温かいひ限定で外に出したりすると、なんだかんだと11月まで大丈夫ですけど)

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バジルの歴史をWikipediaに頼ってみると、



アレキサンダー大王によって、インドからヨーロッパに伝えられたとする説がある。イギリスには16世紀に、アメリカには17世紀に渡来している。インドではホーリーバジルが、クリシュナ神とヴィシュヌ神に捧げる神聖なハーブとされる。またバジルは、ペルシャ、エジプトでは墓に植える草とされていた。 バジリコの名前の由来は、伝説上の怪物バジリスクに由来すると言う説もある


だ、そうです。
品種としてはシソ科に属するらしく、風味も若干似ていることから、まだバジルが一般的でない時代の日本のイタリア料理店では、バジルの代用品としてシソが用いられていたそうです。



さて、甥っ子のたろう君、このプランターで元気に育つバジルを見て

『バジルの森』

と表現していました。
なかなか表現力が豊かな子で、こっちまでほっこりしてしまいますが、確かに、『バジルの森』とは言い得て妙で、手入れの仕方も森のそれに近いかもしれないと思いました。(私は実際に森の手入れをしたことはありませんが)


プランターのバジルは、虫に食われた葉っぱや色が薄くなった葉っぱ、枯れてしまった枝を毎日ハサミでカットします。
そして2日に1回、よく育った、色艶の良いプリプリした葉っぱを食用に収穫します。
(大きく育っても、色が悪かったりプリプリしていない葉っぱは収穫せず、カットします。)

カットした不要な葉っぱはそのままプランターの土の上に落とし、軽くスコップで表面を掘り返し、土の中に入れてやります。

そうすることで葉っぱも分解されて養分になります。

ちなみに、使っているプランターの土に混ぜている肥料は、親戚が作っている堆肥を使っています。
いわゆる魚のアラを分解発酵して土と配合した堆肥なのですが、この堆肥のおかげでこのバジルがスクスクと育っているのだと思います。

そしてその堆肥の菌の作用で、落とした葉っぱもやがて分解されて土の一部になります。

私が『森の手入れに似ているのでは』と思うのは、余分な葉っぱと、大きな葉っぱをカットしていくことによって下の土にまで光が届く、ということと、枯れた葉っぱも養分になる、ということです。

どちらも『土を作る』ことになります。
土が栄養豊富になり、バジルの根が張り、『丈夫な土』になります。

山や森は、間伐をしないと木々が密集してしまい、地面に日光が届かず地面に近い植物が育たないそうです。
植生の低い植物が育たないということは、地面に根が張らず地面が地崩れを起こしやすくなるそうです。

近年、大雨が降ると土砂崩れが発生するのは、林業家が廃業し、山の手入れ(間伐)が行き届かなくなったからだと言われています…。

漫画『バガボンド』の37巻で、『田んぼを作るより畦をつくれ』と農家の爺が語りますが、畦に生える背の高い雑草は抜き、低く地中深くに根を張る植物の成長の妨げになるのを防ぐことが大事だということです。

踏み固め、根が張りめぐされた畦は丈夫になり、水を張った水田が崩れることがなくなるそうです。



まあそれはさておき、バジルの森を手入れしていると、いい気分転換にもなります。

葉っぱの裏側に『香り成分のカプセル』のようなものがあり、葉っぱを指でこすると指に香りが付くのは、この香りのカプセルがはじけて成分が指に付くからだそうです。


収穫したバジルの葉っぱは、松の実、パルメザンチーズ、ニンニク、塩、こしょうをフードプロセッサーに入れてジェノベーゼソースを作ります。

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1回にこれくらい収穫しますが、本当はこれの倍くらい収穫しないと追いつかないくらい繁殖しています。


ジェノベーゼソースは、ホットサンドやピザ、パスタに使います。
あと、マヨネーズと混ぜたり、茹でたジャガイモと合わせても美味しくて、用途が幅広くて重宝しています。











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by scale-158 | 2014-09-22 14:11 | flower&plant | Comments(0)
無意識にピースを集めて、偶然にピースが合わさる不思議と快感
深夜の更新です。
7月に突入しましたね。いつも月の初めには『よし!今月はたくさんブログを更新するぞ!』と目標をたてるのですが、すぐに更新が滞ってしまいます…。


さて、まずは写真を…

[ウォーターマッシュルーム]、この前、園芸屋さんで見かけた時は[ウォーターコイン]という名前で売っていました。
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これはお友達にもらった[ウォータークローバー]。
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水生のクローバーで、四葉で、可愛いです。

水草の類、夏には涼しげなのですが、放っておくと水温が上がってお湯みたいになってしまったり、ボウフラが湧いたりするので、水換えを頻繁にしています。

なかなか世話も大変ですが、植物の世話は、仕事の気分転換にはもってこいです。



さて、先日、休みの日に、[地域おこし協力隊]の人が立ち上げたという、和歌山県の熊野川町にあるカフェと書店に行ってきました。
古本屋ではなく、書店です。
カフェをしながら、書店。
コーヒーも美味しかったですし、カフェの雰囲気も良かったですし、環境も良かったですし、本のセレクトも良かったです。

廃校になった小学校を改装してカフェ、本屋さん、違うオーナーさんがパン屋さん、外の駐車場ではたい焼き屋さんが出ていました。地元の若い人や年配の方々が集まっていて、和気あいあいとした雰囲気でした。

このスタイル、成功して、この先何年も継続していけばすごいことだなあ、と期待を胸に感じて帰ってきました。

また、その熊野川町のカフェは、車で[熊野本宮大社]から20分くらいの距離なので(もっと短いかな?)、ついでに熊野大社も訪れました。
過疎化が進んでいる町とはいえ、熊野大社が近くにある、というのは、『ついでに感』があって、良いんじゃないか、とも思いました。

その本屋さんでは、以前、友達が貸してくれて、ツボだった[絶叫委員会](@穂村弘)という本の文庫本を買いました。
本を薦めてくれた友達と、その本屋が、なんとなく繋がった気がして面白かったです。


熊野川町に行ったその日の夜は、県立熊野古道センターにて、商工会議所が主催のセミナー(?)に参加しました。

特に興味深かったのは雑誌[ソトコト]の編集長の指出さんの現在の東京、これからの東京の話でした。

今回の熊野古道センターでのセミナーの主なテーマは『ローカルベンチャー』。
[ソトコト]が取材した今のローカルベンチャーやソーシャルデザイン、はたまた『小商い』に関する最新情報、地方での色々な試みや事例を紹介していました。

私はこれまで、どちらかというと、アウトローやドロップアウト、またはスローライフの選択の一つとして『ローカルベンチャー』を語るのであれば、それにはあまり賛成しないという考えでした。

都市部であれど、地方であれど、仕事は仕事。
都市部から地方へ越して仕事をすることも、また逆に地方から都市部に越して仕事をすることも、同じくしんどいことだと思います。

地方だからのんびり出来るとか、地方の人は優しく接してくれるとか、、、、確かにお客さんとして訪れるならそういう一面もあるかもしれませんが、『仕事』となると、それは地方だからといって格別に楽、というわけではないのは普通のことです。


訪れたブックカフェは、[地域おこし協力隊]の方が運営していますが、だいぶ奮闘していると思います。

[地域おこし協力隊は]、総務省の取り組みで、地方に移住して、最低限の金銭的な補助をうけながらミッションをこなすお仕事ですが、実は尾鷲市でもこの[地域おこし協力隊]を募集しています。

6月14日付けの[南海日日]によると、『九鬼と早田に各1人配置へ 外部人材 地域おこし協力隊』の見出しが出ていました。

新聞の内容に寄ると尾鷲市がこの[地域おこし協力隊]を、九鬼と早田で募集したところ、前回(23年度)の2人を大きく上回る31人の応募があったそうです。

さらに新聞では、23年度の募集の事業では九鬼と早田に1人ずつ派遣され(どちらも60代)、『いずれも家庭の事情で約1年後に辞めた』とあります。
続いて「『第二の人生を田舎で』という個人的な趣向ではなく、目の前の課題に待ったなして取り組む若いガッツがほしい」という地元住民の意見を紹介していました。

新聞記事の地元住民の意見に同意です。

スローライフ的にやってきても多分、難しいと思います。
ガッツとスピード、体力、知力、、、そしてきっと『きれ者』というよりも、それよりも地元の人とすぐに親しくなれるコミュニケーション能力や愛される天性のキャラのようなものが必要なのでしょう。
(もちろんそれが絶対条件ではないですけど…)

雑誌[ソトコト]の編集長は、そのローカルベンチャーの紹介と平行して、東京で興っている『小商い』の事例も紹介していました。

その小商いの事例にしても、『人とは違った人生を』とか『楽しい仕事』みたいな感じで行われているのであれば、それは私の関心事ではありませんが、『近い将来東京近郊でも過疎地が現れる』という編集長の言葉とともにそれらの事例を見ていくと、「そちらの方向(小商い、という仕事のやり方)に(嫌でも)舵を切らなければならない時代」がもうすぐそこまで来ていて、感覚的にそれを感じ取っている人の行動、と考えると、身の回りでも感じる兆候的な出来事に、ああ、それはそういうことなのかな、と個人的にぱちぱちと繋がって、納得がいくことがありました。
(私が勝手に納得してるだけですけど)

東京での小商いにしても、ローカルでのベンチャーにしても、共通するキーワードは『ソーシャル』。

さっきから『私は○○という考え方はあまりすきじゃない』みたいなことばかり書いていますが、『ソーシャルワーク』という言葉もまたあまり好きじゃありません。
と、いうのも、「『仕事』なんて全部『社会的』なものなんじゃないの!?」とか、逆に「社会的ではない仕事って何だよ!?」みたいに思っているのが主な理由なのですが、それに加えて、どちらかと言うと『新しい言葉』に拒否反応を持っていて、なんとなく、おしゃれなワードをくくってしまって、本当の意味で頑張っている人の仕事に誤解を与えてしまうから、というのと、あと『マーケティング用語』というもの、そのものがあまり好きではないからです。

『ソーシャル』という言葉に懐疑的なのは、『ソーシャルワーク』のそれは、何年、何十年という継続をもって初めて解決できる地元の問題を仕事を通して行う、という部分が大事なのだと思うのですが、、、いわゆる継続性ですよね、、、なんか最近の『ソーシャルワーク』を見ていると、やっぱり補助金に頼っていたり、ボランティアに頼っていたりする部分があって、ビジネスとしてちゃんと力をつけないと継続出来るものも継続出来ないと思うからです。

補助金切れたらはいサイナラ、みたいなのが多くて、例えば上記に書いた[地域おこし協力隊]も、数年間の金銭的補助があると思うのですが、その数年間の金銭的補助というのは言ってみれば『それだけの猶予しかない』ということなわけで、その猶予期間でビジネスとして軌道に乗せて、補助金が切れてからも継続していかないと意味がないのです。

地元新聞における尾鷲で募集した[地域おこし協力隊]が『家庭の事情で1年後に辞めた』というのは、言語道断な話で、いたずらに期待や希望を与えておいて、それを無下に裏切る行為だと思うのです。
地元の人から「『第二の人生を田舎で』という個人的な趣向ではなく…」という声が上がるのも当然のことだと思います。
「そう思われてもしかたないこと」をやってはいけないのです。
いたずらに地方の人の期待を煽っておいて、結局は何の成果もなかったのでは、ゼロではなく、マイナスです。

『ソーシャルビジネス』の意味するところが、いわゆる『葉っぱビジネス』の成功例や、バングラデシュの[マザーハウス]のようなものであれば、私は歓迎なのですが、それだって何年、何十年もかけて、毎日涙を流すような日々の上に成り立っている事ですし、出資金は全て自費からまかっているはずです。
『ソーシャルビジネスのパイオニア』と呼ばれるそれらにしても、結局は『ビジネスを通して地元に力をつける』ことが目的であって、決して『スローライフ』や『エコライフ』とかの延長上に『ソーシャルビジネス』があるわけではありません。


と、まあ、けっこう『新しい言葉』とか『おしゃれ』という言葉のオブラートに包まれたムーブメントには懐疑的な私ですが、もうちょっとポジティブに『ソーシャルビジネス』とか『ソーシャルデザイン』とか『ローカルベンチャー』というものを考えていかければいけないなあ、とも思っています(本当ですよ?)

なぜなら、カフェ、というお仕事もまた、[ソーシャルビジネス]というものの近年の代表例であって、切っても切れない関係だからです。(だからといって私は私の仕事を[ソーシャルビジネス]とは思ってませんし、誰もそんなこと思ってないでしょうし、実際全然違うものですけど)

雑誌[ソトコト]の編集長さんが紹介していた事例が大変興味深く、成功すればいいなあ、と思うような取り組みばかりでした。

熊野古道センターの講演会の後、このブログの内容をだいぶ時間をかけて書いていたのですが、どうしても自分の中にある情報や材料だけで、『ソーシャルビジネス』や『ローカルベンチャー』のことを書こうとすると批判的な内容になっていってしまいます…。

しかし私も無下に批判したりしたくはなく、できるだけポジティブに捉えていきたいと思ったので、自分が講演会後に思った疑問や不明瞭な点を、これから九鬼や早田で[地域おこし協力隊]の中間支援を担当する団体に「この前の講演会について、聞きたいことがあるので、お時間をください」とメールしました。

するとなんとすぐにカフェの方に担当者が来ていただいて、お話をしてくれました。
忙しい中来ていただいて本当に感謝しています。


今後、九鬼や早田で募集される[地域おこし協力隊]に与えられるミッションとはなんなのか…?
[地域おこし協力隊]とは、[ソーシャルビジネス]や[ローカルベンチャー]というジャンルでくくられるのであれば、それを募集して、バックアップしようとする団体(行政)は、どういう舵取りをするのか…

一つ一つ丁寧に、お答えいただきました。

きっと中間支援の団体も手探りで進めていくのだとは思いますが、まずはビジネスとしてちゃんと成立することを願ってやみません。


いつも堅苦しい内容ですみません。
そして決して[地域おこし協力隊]の活動を否定的にとらえているわけではありませんし足をひっぱるようなこなどするつもりはないことをご理解ください。

[地域おこし協力隊]であれなんであれ、『ビジネス』を通して問題を解決したり、地元の力を付けていってほしい、と説に願っている次第です。


なかなかブログの締めの言葉が見つかりませんが、最後に一つだけ。

[ソーシャルビジネス][ローカルベンチャー][小商い]というテーマで講演された雑誌[ソトコト]野編集長の指出氏。

これからの[ソーシャルビジネス][ローカルベンチャー][小商い]の重要なコンテンツの一つとして(こういう場合に『コンテンツ』と言う言葉を使うのが正しいかどうかわかりませんが)、『本屋』が挙げられるそうです。

まさにローカルベンチャーとして、地域おこし協力隊の人が立ち上げた本屋さんに行ったその日の夜に、そういう話だったので、また一つ、偶然にも何かが繋がった気がして興奮しました。

犬も歩けば棒に当たる…ではありませんが、何かを経験したり見聞きすれば、また違うところでそれらが繋がっていくことが個人的には何より楽しいことです。


では、おやすみなさい。






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by scale-158 | 2014-07-03 01:14 | flower&plant | Comments(0)
『わざわざ』と『だったらついでに』はセットなのかも
今日の尾鷲地方はくもり。
昨日もそうでしたが、降りそうで降らないいじらしい天気です。

まずは写真から。
庭にいい感じで苔が繁茂していたので、根元から掘り起こして器に移しました。


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一時期『苔玉』とかブームでしたが、今はあんまり見なくなりましたね…。


さて、先日の日記で新宮市は熊野川町に出来たという書店について書きました。

廃校になった小学校を利用して、パン屋さんやカフェが入っていて、同じ建物内にオープンしているそうです。

小学校が廃校、ということからもわかるように、おそらく過疎が進んでいて交通の便も良いとは言えないような環境にあるのではないかと思います(まだ行けていないので実際に見た訳ではありませんが)。


そういう環境にお店を構えるということは、「わざわざそこに行く」ということであり、「わざわざそこに行く」魅力があるということです。

『わざわざ遠いところの書店にいくの?』と思われる方もいるかと思いますが、私は京都に行くと必ず[一乗寺]にある[恵文社]に足を運びます。(わざわざ行かないと行けないような場所にあります。)

大好きな本屋さんで、この本屋さんに並んでいる本を全部読みたいと思うラインナップです。
(私は、人文学系の本とデザイン系の本はもともと好物ですし、生活道具の本、建築の本、料理の本、小説、漫画も好きで、この本屋さんに行くと今まで知らなかった、でも魅力的な本にたくさん出逢えます。)

[恵文社]は、いわゆる業者さんにお任せの『棚貸し』の本屋さんではなく、本屋さん自らのセレクトで、その棚には『繋がり』があってとても面白いです。

ここで、最近読んだ[恵文社]の本、[街を変える小さな店](@堀部篤史)の本から、(かなり長いですが)一部内容を抜粋したいと思います。

一般に本屋業界では以下のようなことがルールとしてある。

・出版社と本屋の間には『取次』と呼ばれる問屋が何社か存在し、日本中の本の流通を取り仕切っている。
・『取次』は各書店の売り上げデータを基づき、大手出版社の新刊やベストセラー本を各店に『配本』する。
・出版界には『委託販売制』や『返品条件付き売買』と呼ばれる独自のルールがあり、売れ残った本屋基本的には出版社へと返品出できる。
・そのため各書店は、その時々の話題書やベストセラー本をどれだけ早く、数多く確保できるかを重視する傾向にある。
・返本可能という条件下では、膨大な出版物のなかかから厳選して本を選ぶ必要性は低い。

(前略)ちょうどそのころ、、日本でも『ハリー・ポッター』シリーズの大ブームが巻き起こっていた。2000年、シリーズ第2作が邦訳刊行されるタイミングで、自分たちも話題書を店に置いてみようということになった。しかし、同シリーズのように各書店から注文が殺到する超人気作品を発売日に確保するのは難しい。ベストセラー本を売った実績のない一乗寺店には、出版社や取次にお願いしたところで優先的に配本してもらえないのが実情だ。各方面と交渉・嘆願するうち、姉妹店である西大路店がある程度の冊数を確保していたことが判明。ようやく数冊譲ってもらえることになり、発売日に棚に並べる準備が整った。

『ハリー・ポッター』発売日。「裏技」を使い、バカ売れ必至の本がついに新刊台に並ぶ日がやってきた。お客さんが来る度、スタッフたちと、どきどきしながら新刊台に何度もを目をやる。1人、2人…1日、2日…。何度棚を確認しても、ハリーに魔法をかけられたかのごとく、いっこうに本売れる気配がない。新入荷台であれこれ工夫して並べ替えるも、いこうに反応はなし。世間であれだけ騒いでいるのがまるで嘘のように、本は一乗寺店では全く売れず、結局すごすごと西大路店に引き取ってもらう結果となった。


自分たちの情報網と足をつかってやみくもに続けていた「個性的なセレクト」は、このころ既に「店のカラー」として定着しつつあったのだろう。話題のベストセラー本を一乗寺店で買おうというお客さんは、もはやこの段階ではほとんどいなかったのだ。店での『ハリー・ポッター』の惨敗は、「一乗寺店ならではのヒット商品」を生む必要があることを意味していた。ベストセラーではなくロングセラーを。

(中略)

・文庫やハードカバー、絵本やアートブックを混在させ、あいうえお順などのインデックスは使用しない
・「料理書」「文庫本」のような便宜上の分類をほぼ解体させ、独自のテーマで並べる陳列法を各コーナーに応用する。

たとえば今なお定番となっている「乙女のための本」という棚には、「乙女」というアナクロな言葉のニュアンスを持った、大正・昭和期の少女小説や、ロマンチックな図案集、少女と言う存在そのものを論じた本が並ぶ。
ある日、同コーナーの発案者であるノムラさんは、星新一の文庫本を「乙女棚」に平積みした。「ショート・ショートの名手」としておなじみの作家の著作のなかでも異色の、少年を主人公にしたファンタジー小説『ブランコのむこうで』(新潮社)を、膨大な星新一の著作と切り離したことで、本の持つ文脈が変化する。新たに女性の注目を集めた『ブランコのむこうで』はよく動き、売れ行きに注目した版元の文庫営業担当の方が、わざわざ挨拶に来られたほどだ。

シュルレアリズム周辺の作家たちや、その紹介者である澁澤龍彦らの本を中心に、瀟洒な装幀の手製本などをガラス棚に飾った「書斎のギャラリー」というコーナーも、「恵文社らしい棚」と評価される棚の一つだ。



以上、[恵文社一乗寺店]の店長、堀部篤史さんの書かれた本、[街を変える小さな店]からの抜粋でした。

普通一般ではない我が道を行くセレクト。
いつしかお客さんもそのセレクトを楽しみにするようになる。
そんな時、普通一般のベストセラーを売り出してもスベるだけ…。
やっぱり独自のカラーやセンスを打ち出して行くことが肝要。

そして何より『あのお店がやることだから楽しいに違いない』という期待をお客さんに持たせることと、それに応えること。

そのお店のカラー、そのお店のセレクト、そのお店が獲得した信頼と、そのお店のファンになったお客さん。
そういう要素が糾えることでただの本屋さんが『わざわざ行く本屋さん』、『いいお店』、『好きなお店』、『好きな街』になっていくのだと思います。


この本の、[恵文社]の店長の言う「街を変える小さな店」の「街を変える」とは、どういうことかというと、[恵文社]が一乗寺というところにあるおかげで一乗寺が『わざわざ行きたい場所』になっているし、一乗寺に新しくカフェが出来たり他のお店が集まってきている、ということです。

[恵文社]の求心力・集心力なのかな、と思います。

『わざわざ』のお店が1軒できるだけで、『だったらついでに』と他のお店やカルチャーゾーンが増殖して行く。
そうやって魅力ある街ができていくのだと思います。

私はいつもそのことが凄いことだと思っていて、このお店のことが好きなのです。
お店の持つ力や可能性というものを、実践していると思うのです。

たった一軒、しいて言えばたった一人で、変われるものなんだな、と。
お店の力で流れは変えられるんだな、と。


新宮市の熊野川町にできた書店も、『わざわざ』と『だったらついでに』がうまく繋がっていくと、その書店だけでなく、その書店の周囲や地域にとってよりよい効果、よりよいものが長く続いていくための人や求心力が集まってくるのだと思いますし、そうなるよう期待しています。







※写真はまた後で。






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by scale-158 | 2014-06-10 16:55 | flower&plant | Comments(0)
しあわせのクローバー
今日の尾鷲地方は雨。

まずは写真から。
カフェの外に置いてある[クロツメクサ]を手入れしていたら5つ葉のクローバーを見つけました。

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この[クロツメクサ]は、もともと園芸屋さんで買ってきたものです。
四葉の出現率がものすごく高い品種で、『ハッピークローバー』みたいな商品名で売られてたりします。

その四葉のクローバーがたくさん生えてくる[クロツメクサ]ですが、よ〜くみるとたまに5つ葉のクローバーが生えています。(今日だけでも5つ見つけましたよ)

幸せなこと、たくさんあればいいですね(^^)




さて、最近新聞などでは、『尾鷲まちゼミ』という取り組みが実施されているという報道記事をよく目にします。

『尾鷲まちゼミ』Facebookページ → 尾鷲まちゼミ
市HPでも詳細が見られます → コチラ

その、市のHPからの紹介文を以下にコピペします。


「まちゼミ」(正式名称は得する街のゼミナール)とは、お店の人が講師となって、専門知識やプロならではのコツを無料で提供する少人数制のゼミです。

この「まちゼミ」は、お店の特徴や店主のこだわりや人柄を知ってもらい、消費者と信頼関係を築くことを目的としています。商店街振興施策の「三種の神器:まちゼミ・まちバル・百円商店街」の1つとして全国的に注目を集めている取り組みです。

尾鷲市では、市内64事業所で構成する「尾鷲よいとこスタンプ会」が主催し、うち12店舗、18講座が開講します! 受講料は原則無料(内容によっては材料費がかかる場合があります)。お申し込みは直接各店にお願いします。

 



とのことです。
とても面白い取り組みですね!

その気になる内容はというと、生活に密着した、身近に役に立つような内容です。

ひとつの事業所で、個々にやるのではなく、かと言って、一斉にみんなで一つのイベントを興行するわけでもない。
個々に、一つのくくりの中で、個々の得意分野を活かして無理無く参加する。
市HPの文中にある『まちバル』もまた、『まちバル』という大きなくくりの中で、個々の店が参加していく形態のイベントです。

こういう取り組みの方が、長続きするのかな、と思います。

1カ所に人を集めよう、というのではなく、個々に好きな会場やブースに行って楽しむ…。
そうすると人の流れができますからね。

なにより、『まち中に人を呼び込もう』という創意工夫があっていいな、と思います。
努力したり、工夫しないと何も始まりませんし、流れも生みませんものね。

スケールはそういう点において、『まち中』という立地の条件からは外れてしまうような場所にありますが、それでも『まち中』に人を呼びたい、まち中に人の流れを作りたい、まち中のお店同士が見えない形でも繋がっていきたい、と想っています。

カフェでレンタサイクルを始めたことや、自転車で行けるマップを作ったのも、私なりに、まちの中に人の流れを作りたい、繋がっていきたい、という思いからです…。

微力ながら(しかもかなりの間接的ですが)、私もまち中の活性化に協力できたらなあ、と想っています。















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by scale-158 | 2014-04-18 14:30 | flower&plant | Comments(0)
ここに在ること、ここに居ること。
今日の尾鷲地方は雨。

まずは写真から。

写真の彼岸花は、[スケール]の裏に咲いているものを写したものです。
(今はもう咲いていません…)
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彼岸花って群生しているので、遠目に見るとそこだけ真っ赤になっていて、ちょっと幻想的ですよね。
お墓参りの季節になると咲いているのも、なんだかちょっと『異界』って感じがしてしまいます。

この写真も[スケール]の裏の空き地で撮ったものです↓

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いきなりですが、[スガシカオ]の曲で[ココニイルコト]という曲があります。

スガシカオが10代で初めて作詞した曲だそうで、この曲が下敷きになった同名の映画もあります(若き[堺雅人]さんが出演されています。)

この曲の途中の歌詞に


♪この街で生きていく それは繰り返すことかもしれない


と、あります。

変わり映えのしない繰り返す毎日を歌っています。

しかしこの曲の終わりの歌詞は


♪僕らが今に光る星ならば 昨日と変わらない今日を生きる意味がある


と締めくくられます。
『僕らが今に光る星ならば…』

『星』という時は『日』と『生まれる』という文字が組合わさっています。
『日々を生きる』『日々、生まれる』ことが『星』なわけです。

そう思うと『僕らが今に光る星ならば 昨日と変わらない今日を生きる意味がある』という歌詞が、なんだか、変わり映えのしない毎日であっても生きる意味はちゃんとあるんだ、ということを教えてくれている気がしてしまいます。
(関係無いですが、私が日記で『○○な気がしてしまいます』という書き方、、、、『○○なような気がする』ではなく『○○な気がしてしまう』という書き方をしてしまうのは、もろにスガシカオさんの歌詞から影響を受けているからです)


さて…。

最近、自分の身の回りで痛ましい事故や悲しいニュースが聞こえてきて、やるせない気持ちになったりしています。
私自身に大きな不幸な出来事は無いのですが、知人や周りの人に、そういうことがあります。

他人に降り掛かった不幸な出来事、しかし、それを「僕にはどうすることも出来ないしね」と言う人がいます。

まあ、それもそうかもしれませんが、いきなりその結論に達しなくてもいいんじゃないか、なんて私は思います。

東日本大震災の時にも、ラジオなんかを聞いていると「僕には何にも出来ないから」「私にはこれくらいしか出来ないから」とか「無力さを痛感しています」とか、妙に自分を卑下するようなリスナーの声をよく聞きました。

謙虚な気持ち、それも日本人の一つの美徳なのかもしれませんが、その気持ちはそのまま自分の中に閉まっておいてもいいのでは、なんて思ったりします。

閉まっておいてもいいような無力な気持ちを外に放出するのは、ともすればそれが『自分が何もしない言い訳』のようにもなってしまいかねません。

閉まっておいたほうがいい気持ちは閉まっておく。
もしその気持ちが抱えきれなくなってしまった時は、その気持ちをポジティブな行動へと転化さていくことのほうが、健全です。

確かに、被災した現地に入って活動する自衛隊やボランティアのみなさん、チャリティーコンサートを開催して多額の義援金を集めるような有名なアーティストなんかと比べると、私たち1人1人は無力かもしれません。

でも被災地の人も、全ての人に被災した地域と人に尽くして欲しいとまでは思っていないと思います。
出来る事なら自立したいと思っているはずですが、その手助けになるようなことや勇気づけるようなちょっとしたエールを必要としているのではないか、と思うのです。

不幸な出来事に遭ってしまった人に対して、それはもちろん、その人の人生全てにおいて面倒をみてあげることなんて出来やしません。でも、そんなことは始めから解っていることで、それをわざわざ宣言する必要もないし、ただ、そっと心に寄り添えるような友達であればいいのではないかと思います。

漫画、「ハチクロ」にもそんなシーンがありましたよね。

事故に遭ってしまった少女。
周囲の人は「私には何も出来ないから」と彼女を遠巻きにしてしまう。

「そして彼女はまんまとひとりぼっちさ」(by野宮)

というシーン。

そう。遠巻きにしてはいけません。

震災で被災者が一番恐れていること、それは「忘れ去られてしまう」という不安じゃあないでしょうか。
その不安を取り除いてあげるためにも、「忘れてないよ」っていうメッセージや、アクションを起こすことが必要なのだと思います。


大丈夫だよ、って。
忘れてないよ、って。
いざとなったら頼ってよ、って。


実際には頼る事はなくても、「いざとなると頼る事が出来る」という安心感があるのとないのとでは全然違います。

『失敗は出来ない』というのと『やり直しがきく』というのとでは飛ぶための助走が全然違うのと同じです。

私が出来るのは、『スケールはここに在る』『私はここに居る』、ということを今の自分の仕事を通してアピールし続けることです。

どちらにしろ色々と動くことができない仕事ですが、『そこに在る』という、ただそれだけで誰かに安心を与えることができるのであれば、『そこに在り続けたい』と思います。

そういう仕事だと思っています。











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by scale-158 | 2013-10-05 17:12 | flower&plant | Comments(0)
雨音の調べ
いきなりですが、まずは写真から。


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写真は[ウォーターマッシュルーム]。
丸い葉っぱの重なり具合が絶妙だったので、写真を撮ってみました。

意図していない配置、人の手が加えられていない、自然にできた『水玉模様』。

こういう『図案』的なものに惹かれます。



さて、今日の尾鷲地方の天気は、晴れのち雨でした。
夕方から夜にかけて、尾鷲にとっては久しぶりにまとまった雨が降った日でした。

全国的には、短時間に降る豪雨が頻発していてそれによる被害が出ている今夏ですが、尾鷲は逆に記録的な小雨だそうです。

尾鷲は全国でも降水量が多い地域として有名ですが、実は『降雨日数』が多いのではなく『短時間降雨量』がとても多いのです。
同じ雨量が他の地域で降ると、大きな被害が出るくらいの雨量でも、尾鷲ではほとんど被害が出ないのも、尾鷲という土地柄の特徴かもしれません。


先日、旅行をした時にとある場所で(後述)、CDを買いました。
(私、旅先で本とかCDを買うこと、よくあるんです)

東京は西荻窪に、[雨と休日]という名前のお店があります。
(ちょうど1年くらい前、東京に遊びに行った時にこの店に行ってみたのですが、あいにくの休みでした。残念…)
そのお店[雨と休日]が出したコンピレーションCDアルバムが売られていたので、買ってみました。

[雨と休日]が出したコンピレーションアルバムの第1段。

タイトルは[窓につたう雨は]

そのコンピのテーマはずばり『雨』。

[雨と休日]というお店の名前もセンスいいですが、アルバムのコンセプトもタイトルのセンスもとても良いですよね。

センスが良い、というか、センスが『合う』、って感じ。

そしてそのアルバムに入ってる曲もまた[スケール]とセンスが合うのです。

そのCDは、『雨』がタイトルに付いている曲を集めたものになっています。

Rain, Rain Go Away/ Vince Guaraldi
Lilacs In The Rain / Junior Mance
September In The Rain / Michael Feinstein & George Shearing
When Sunny Gets Blue / Anita O'Day
Here's That Rainy Day / Till Bronner
Esta Tarde Vi Llover (Yesterday I Heard the Rain) / Charlie Haden with Gonzalo Rubalcaba
Gentle Rain / Diana Krall
When Sunny Gets Blue / Larry Carlton
Occasional Rain / Terry Callier
Rain / Ella Fitzgerald & Joe Pass
Come In Out Of The Rain / Carmen McRae
Rainy Days and Mondays / Ann Burton
Umbrella Song / Torun Eriksen
I Think It's Gonna Rain Today / Claudine Longet

といタイトルが収録されています。
(それぞれ、何と訳すのがいいかな?なんて考えてしまいます。結構、洋題を邦題に訳してみるとどうなるか試してみたり、またネットなどで調べたりするのが好きなんです。)

このCDは、京都に行った時に寄った[恵文社]という本屋さんで見つけたのですが、買う決め手になったのは[ Ella Fitzgerald & Joe Pass]の名前がクレジットされていたから。

エラ・フィッツジェラルドもジョー・パスも好きです。
(ジョー・パス、と聞くと、大学時代、プロのギタリストを夢見て我流でギターを勉強していたバイト先の先輩を思い出します。エラ・フィッツジェラルドはなぜか、クリスマスが近づくと聞きたくなります。)


ところで、「雨の日に聞きたいアーティスト」っていますか?

私の場合、パッと頭に浮かぶのは「ノラ・ジョーンズ」です。

雨音をバックに[ノラ・ジョーンズ]の曲を、客足のひいたカフェで聞いていると、かなりの頻度で居眠りします(笑)

それくらい、癒し効果抜群です。



現在夜の10時過ぎ。
もう、雨は止んでいて、星が見えています。

もう少し降ってくれて、店の前の川に水が流れてくれると嬉しいのですが。

雨音の調べの後の水音の調べ。

カフェの2階にある私の部屋にも水音が聞こえてくるのです。

これがまたいいのです。





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by scale-158 | 2013-08-04 22:20 | flower&plant | Comments(0)
理想の『ぱらり』感
今日の尾鷲地方はくもり。

最近、ユーカリの木が気になっていて色々と調べています。

お店には前からパキラを置いていたのですが、年々やせ細っていってみすぼらしいのでお店から撤去しました。

しかしやっぱり観葉植物、置いておきたいなあ、と思っていて、たどり着いたのがユーカリなわけです。

ユーカリには空気の浄化作用があるらしく、部屋に置くには良いのだそうですが、アロマテラピストの友人[HASU]さんによると、ユーカリは『巨木になる』らしく、『地植え』は危険なんだそうです。

HASUさんは実家にユーカリを地植えしてたらしいのですが、家よりも背が高くなってしまい、先日、ユーカリの木を伐採したそうです。(『伐採』という言葉がしっくりくるくらい巨木に育ったそうです)


私がユーカリに惹かれたのは、葉っぱの形が可愛いからです。

ユーカリの葉っぱの可愛さを擬音で表すのであれば『ぱらり ぱらり』ですが、全てのユーカリが私好みの『ぱらり ぱらり』とした葉っぱではないみたいです。

つまりユーカリにも品種があるのですね…

私好みの葉っぱの付きかたは、まばらに、丸い葉っぱが『ぱらり ぱらり』と付いているもので、細い枝に丸く切った紙がぶら下がっているような、ちょっと頼りない感じのものです。

調べてみると私が好きなのはたぶん[ユーカリ・ポポラス]という品種のユーカリ。
(私は丸い形の葉が良いと思っているのですが、中には、シャープな形の葉っぱがあったり、密集して葉っぱが付いていたりしているものもあります。)

今度から園芸屋さんに行く時は、理想の『ぱらり』感のユーカリに出会えるまでこまめにチェックしてみようと思います。

さて、今日の写真は、そのユーカリから。

姉の友人で家にユーカリを植えている人がいるのですが、その友人が枝をカットした部分をいただいてきました。


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姉がリースにしてくれました。
そのまま水にも浸けずにおいても、ドライフラワーになります。

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by scale-158 | 2013-06-23 17:38 | flower&plant | Comments(0)
『読む』というより『見る』
今日の尾鷲地方は雨。
(今は止んでいますが…)

近畿・東海地方が梅雨入り、とさっきYahoo!ニュースに出てました。
しばらくジメジメとの戦いですね…




知り合いの雑貨屋さんで買ったものと、『seria』系の100円ショップで買ったものを組み会わせて、植物のディスプレイを楽しんでいます。

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雑誌の載ってたディスプレイ方法を真似して作ってみました。
カフェの一角にコソっと置いてます。
気付いてくれるとありがたい。
気付いてくれなくてもいい。自己満足だもの。



最近、隣の市の図書館に行って、『カフェの作り方』『雑貨屋の始め方』的な本を借りてきてよく読んでいます。

隣の市の図書館は尾鷲に比べて、デザイン系の本の蔵書に強いような気がします。
まあ、そもそも建物の規模が違うのですが…[パイインターナショナル/ピエブックス]や[リトルモア]や[プチグラパブリッシング]とか、そういう系。

で、今更、『カフェの作り方』とか『雑貨屋の始め方』的な本を読まなくても、私は既にカフェと雑貨屋さんを開業しているので、その本に掲載されているような『開業資金』とか『一日当たりの売り上げ』『客単価』や立地条件などのデータにはそもそも興味がなく、もっといえば雑貨の取り揃えのラインナップやカフェのメニューにも興味がありません。

じゃあ、何に興味があってそういう本を借りているのか…

理由はいくつかあります。


・どんなところにどんなお店があるのかを知るため。

これは大きいですね。所在地を知っておくと、その場所の近くに行った際は、そのお店に寄れるので、行って見たいお店があれば、メモをとるようにしてます。情報誌と同じです。


・営業中の暇つぶし…

営業中に、小説を読む暇は無いけれど、すぐに閉じれる本を読む時間はよくあります。
(5分とか10分とか…)
だから、『読む』ではなく『見る』感じの本がちょうどいいのです。


・デザインが気になる

これですね。一番役に立つポイントは。
包装紙とかショップカードとか、お店の看板とか、そういう細かい所のデザインまで気を配っているお店に好感を持ちますし、参考にもなります。



お店って、コンセプトが大事なんですよね。
でもコンセプトがしっかりしていても、独りよがりの場合がありますし…『コンセプトの置き方』というのは難しい場合もあります。

こだわりにこだわっって、見た目にもコンセプトがしっかりしていても、なぜか長続きしなかったお店、というのを知っています。

私の好きなアーティストのスガシカオさんは、サラリーマン時代に先輩に言われた『自分の企画を可愛がりすぎるな』という言葉が忘られない、というエピソードを話していたことがあります。

お店のコンセプトを突き詰めたり、カラーを出すのは大事なことなのですが、カラーやコンセプトばかりを『可愛がりすぎる』と、『ごっこ遊び』になってしまうか、逆に近寄りがたい緊張感に満ちてしまいます。

お店が長続きするための、コンセプトやカラーというものは、自分の感性と、お客さんが癒される、ちょうど中間の『落としどころ』というものが必ずあるのだと思います。

デザインのフィルターを通せば、その辺が見つけやすいのではないか、というのが持論です。
目に見えて、という所も大事ですが、なかなか気付かない所に気を遣っているのも、とても大事です。

ショップカードとか放送にこだわっているお店を見ると、デザインというものを大事にしていることが垣間見えるので、そういうお店を参考にしたりしています。


図書館で借りられる本は、もちろん無料なので、1回あたり、最大限の冊数を借りてきて、パラパラと読んで返して、また同じのを借りる、というのを繰り返しています。

レシピ系も充実してて行くのが楽しみです。
(そしてすぐ近くにカフェがあるので、そこで本を読むのも楽しみの一つ)











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by scale-158 | 2013-05-28 12:37 | flower&plant | Comments(0)
植物の写真。木への憧れ。
今日の尾鷲地方は晴れ。
朝、すっごく寒かったけど、9時を過ぎたあたりから、温かくなってきた。
これだから、紀伊半島の南部はすごい…

先日、植物に関する日記の際に、寒い時期なので植え替えするのはどうかと思う、と書いたと思うのですが(書いたよね?)、先日、思い切って植え替えしました。

植え替え、って言っても、[クロツメクサ]を植えてある小さな鉢から、エイヤッと土ごと取り出してちょっと洗って大きな鉢にエイヤッと放り込んだだけですが…。

朝日に当てつつ水をあげ、夕方近くになったらカフェの中に持ってくれば、冬とはいえほとんどハウス状態なので、元気に育ってくれることでしょう。(と期待しつつ)


前までは、パキラなどの観葉植物や、あまつさえ、ほとんど水を与えなくても良いサボテンや多肉植物を枯らしてしまうほどの『枯らし王』でしたが、最近はなんとか目をかけた植物は元気に育ってくれています。

先日購入した[葉っぱカタログ]を読みつつ、次に育てる葉っぱモノを思案中です。

しかしあれです。
私が、植物の手入れとか、植え替えとか、空き地に咲いている花を、お店の小さな瓶に生けたり、写真を撮っていたりすると、なぜか姉に笑われます。

「そんなことする30代の男、おらんで」って。

まあ、そうかもしれませんね。
ちょっと少女趣味というか、女性的ですよね、それは。

だからちょっと植物の写真を撮っているのを、他の人に見られるのは若干恥ずかしい気持ちがあります。(先日も、空にかざして、実のなっている植物を撮っているところを、知り合いに声をかけられてちょっと恥ずかしい思いをしました)



でもじゃあ男はなんだ?『植樹』とか『庭木の手入れ』とかか?(笑)

確かにちょっと木には憧れありますよね…
大阪の[Truck]とか奈良の[くるみの木]とか、先日行った松阪の[coma]とか、うまい具合に
植樹してあって、秋とか、きっと楽しいだろうな、と思います。

桜とか、カエデとか、そういうのではなくて、もっとスッと立っていて、秋になるとほんのり赤くなるようなそういう木(種類や名前がわらからない…)、植えてみたいなあって思います。(どこに?)




はい、今日の写真です。


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これが空にかざして撮っていた赤い実(?)の写真。
結局空のバックはボツ。
錆びたティンカンに石をゴロっと入れてそこにさして、白をバックに撮ってみました。



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これは[スケール]のすぐ近くにある川の土手に、ざぁ〜っと咲いていて、そこに銀杏の葉っぱが落ちていたので、ちょっと面白くて撮ってみました。



これは、その土手に一緒に咲いていた憎っくき[とびつかみ]。正式名称は、[コセンタングサ]。
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もう、エプロンにいっぱいくっついて取るのは大変でした。











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by scale-158 | 2012-12-04 10:00 | flower&plant | Comments(2)