三重県の南部、尾鷲市にあるカフェ、scale-158での日常をお伝えします
by scale-158
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ukulele club『Pu-ca』
未分類
PROFILE
cafe Scale

開業:2002年2月
形態:カフェ

営業時間 8:00〜19:00
定休日 水・木曜日
住所 三重県尾鷲市宮の上5-11
電話  0597−22−5258

掲載写真の無断使用はお断りします。
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京都に行ってきました(長文注意)
はい、ただいまー。
京都から帰ってきましたー。

とある事情で、週末、京都に行ってきました。

京都、凄い人で、京都駅は普段の倍くらいの人、バスターミナルにいたっては10倍くらいの人でごったがえしていました。

行楽シーズンの週末ですしね
秋の京都は今週末がピークだったのではないでしょうか。



さて、週末、京都に何をしに行ってきたのかというと大学の弓道部のOB・OG会です。
(私は、京都の[京都文教大学]という大学出身で、部活は弓道部と映画研究会に入部していました)


大学の弓道部のOB・OG会は独自に[指月文弓会]という会名がついています。
その[指月文弓会]の射会、総会、懇親会に出席してきたのです。

卒業して、何度か大学には行ったことがあるのですが、大抵日帰りで、顔だけ見せて失礼するのが恒例だったのですが、今年はとある事情で全ての行程に参加することになったのです。

その事情とは「幹事の引き継ぎ」です。
来年、メインの幹事として[指月文弓会]の射会や懇親会やらを取り仕切ることになったので(持ち回り制なんです)、今年、なんとか顔を出しておかないと来年の行程が解らなくなってしまうので、なんとかかんとかカフェのほうにに無理を言ってスケジュールを切ってもらいました。

卒業して10年、その間に京都は何度も行ってますが、大学のある伏見・宇治方面は全くと言っていいほどに行っていなかったので、この際、ということで、大学に行く前に、10年前にバイトしていたペットショップに顔を出してみることにしました。

もう10年も経つし、もしかしたら、当時の店長とか、社員さんとか、みんないないかもな、、、、なんて思っていたのですが、なんと、店長と社員さんが当時のまま、働いていました。

私はしれ〜っと、お店に入って行ったのですが、店長は私の顔を見るなり「うぉ!ハマノくん!」ってすぐに気付いてくれました。

「お久しぶりです!覚えてますか?」
「覚えてるよ〜。今何してんの?」

みたいな感じで、ひとしきり話が盛り上がりました。

社長は体調不良で午後までお休み、ということで会えませんでしたが、奥さんにも会うことができ、激励していただきました。


実は、私は大学時代、「O」という友人に誘われて一緒にバイトを始めたのですが、話題はその「O」の話になりました。

「今何してるんでしょうね?」
「連絡してないの?」
「10年の間してません」
「今、してみれば?」

という流れになり、「O」に電話してみました。


突然の電話でしたが(なんせ10年ぶりの電話)、電話に出た「O」は電話の向こうで喜んでくれているようでした。(10年間、電話番号が変わっていなくて良かった〜)

しかも今は名古屋に住んでいる、ということで比較的近いので、日程を合わせて会おう、ということになりました。(今はもう結婚もして、子供もいるという。しかも結婚相手は大学時代につき合っていた人)

ああ〜、よかった、電話して
ああ〜、よかった、嫌がられなくて(笑)


すでに10年ぶりの人と再開を果たしたり懐かしい人と電話をしたりと、ホクホクした気持ちで大学弓道部へ。

弓道部でも「おお〜ハマノくん!久しぶり〜」と声をかけていただきました。

もうね、嬉しすぎます。
覚えててくれるだけでも嬉しいし、「ハマノくん!来てくれてありがとう」なんて声もかけてくれて、、、、いや、ありがとうはこっちのほうですよ、って感じなのに。


射会、総会、懇親会も滞りなく進行し、先輩の幹事の手腕に尊敬し、「来年、できるだろうか?」とちょっと不安になったりもしつつ、現役の弓道部の子たちとも名刺交換をし、来年幹事を勤めさせていただくので、よろしくと挨拶させていただきました。この現役達の子、もう、すっごくしっかりしてて、すっごく頼りになりそうでした。
(現地のコーディネートは任せたぞ! )



それはさておき、先月、(ご存知の通り)「東京国際映画祭」に行ってきました。
(こっちは映画研究会の話ですが)大学時代の友人が監督した映画が、大舞台で上映されるという知らせを聞き、その映画を見に、そしてその映画を監督した友人に会いに行ってきたのです。


友人とは10年ぶりの再会でした。


なんでしょう、今年は。


「10年」「10年ぶり」「せっかく10年なんだから」「10年の節目だし、、、」がキーワードになっているんでしょうかね、、、このキーワードが今の私の行動力の動力源になっているような気がします。 (カフェ[スケール]も10周年だし)


この「せっかく10年という節目だし」ということで会いに行った映画研究会時代の友人、バイト先の店長や奥さん、一緒にバイトしていた「O」への電話、弓道部のみんなとの交流、、、「せっかくの10年だし」というきっかけでしたが、この動機が無ければ、これらの行動は起こせなかったかもしれませんし、これらの行動を起こさなかったために、これから、ともすれば一生、連絡がつかぬまま人生を終えていたかもしれません(←大袈裟?)



すでに日記は長くなってきましたが、もう一つだけ印象的だったエピソードを。

それは、今年発生した「2つの震災」についてです。
(やはり、懇親会のお酒の席でもこの話題を避けて通るわけにはいきませんでした。)

一つは3月の東日本大震災、もう一つは9月の台風12号。


東日本大震災では、その被災者の中に京都文教大学、京都文教短期大学の卒業生が含まれているはずです。もしかしたら指月文弓会の会員が含まれている可能性もあります。

それよりももっと深刻なのは実は台風12号の被害でした。

奈良、和歌山、三重を中心に起こった災害。
京都と近い地域だけあって、京都文教大学の卒業生の出身地である可能性が飛躍的に高く、被災者の中に弓道部の会員が含まれている可能性はかなり高いことが予想されました。

指月文弓会の顧問の先生は大学事務にかけあって、台風12号の被災者や死者の中に京都文教大学の卒業生がいないか、リストからピックアップさせ、もしいたら何かしらの支援をするように要請したそうです。

さらにフットワークの軽い顧問は、被災者の中に指月文弓会の会員が含まれていないかをすぐに調べたそうです。
(弓道部出身者だけなら京都文教大学の卒業生を全てピックアップするよりも早く把握できます)

そして案の定、いたそうです。

すぐに安否確認の連絡をし、支援したそうです。


このエピソードを聞いて、なんだかジーンときました。


連綿と続く伝統。
しかし、私は何世代も前の先輩の顔も知らないし、名前もろくに知りません。
逆に何世代も若い後輩も同じく、顔も名前も知りません。

でもそれは私に限ったことではなく、どの世代もそうなんです。
(全世代が一堂に会する機会などあるわけも無し。)

通常は、せいぜい、2コ上の先輩、1コ上の先輩、同世代、1コ下の後輩、2コ下の後輩の5世代しか把握できないはずです。

でもそれでいいと思うし、せめて自分の世代を含めた5世代間の連絡だけでも最低限つくようにしておかないといけません。

おかないといけません、っつーか、おいたほうがいいでしょう。


その繋がりは震災や有事の際の互助に役立つかもしれません。

「繋がりは有事の際の助け合い」という面のメリットだけを強調するわけではありませんが、2011年は2つの震災が発生したこともあり、どうしてもそういう面での繋がりの大切さを感じずにはいられませんでした。


話は戻りますが台風12号で被災した指月文弓会の会員に安否の確認の連絡をしたところ、被災者から涙ながらに「心配してくださってありがとう」という返事があったそうです。

それって、あれです。
「覚えてくれてるだけでも嬉しいのに、緊急時に心配して連絡してきてくれたこと」に対するお返事ですよね。

さっきも書きましたが、ペットショップに顔を出したり、10年ぶりに電話をしたり、10年ぶりに再会して、自分の事を覚えてくれているだけでも嬉しいものです。

被災したならなおさら、孤独と悲観にうちひしがれているでしょう。
そこに安否を確認する電話がかかってくるだけで、どれだけ希望になることか…。
連絡一本だけで、、、、それだけで、どれだけ励みになることか…。


せめて5世代の間だけでも連携がとれればいいですよね。
その5世代の連携が途絶えることなく次に続いていけばいいわけですから。

そんなことを強烈に感じた懇親会でした。




そんなこんなありまして、、、懇親会の後は、なんと「電車の始発が動くまでカラオケ大会」を決行したのです。(私、ホテルとってたんですケド…)

しかも3人で!めっちゃハイローテーション!

朝まで、喉が切れるまで歌い続けました。

始発が動きだし、朝の6時にホテルにチェックイン。(←まったくもって非常識な時間のチェックイン)

ベッドに倒れ込み、爆睡。10時にフロントからの「チェックアウトの時間です」の電話で強制的に起こされ、朝の京都へ再び放り出される。
(都合4時間のホテル利用、ってゆーか4時間爆睡で7000円なり)

途中、ギャラリー[HAKOBAKA]さんにも寄らせていただき、お茶をごちそうになりました。
(ありがとうございました〜) 


もう、京都中のコーヒー全部飲んだろかぐらいの勢いでカフェからカフェに移動しコーヒー飲みまくる。

カフェインの力でなんとか生還することができました。



今日からまた[スケール]で元気に仕事をします。
そして[指月文弓会]の来年度の幹事と準備にむけて動き出したいと思います。


[指月文弓会]の皆さん、お疲れさまでした。
幹事をつとめてくれた一つ上の先輩、お疲れさまでした。
(あとは、、、、ここでは書けない人には個人的にお礼をしたいと思います。)




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by scale-158 | 2011-11-28 09:13 | Comments(0)
大村みさこライブ in cafe Scale
かねてからお知らせしていた、『大村みさこ』さんのライブが昨夜行われ、無事終了しました。


このライブの企画は当初、『スケールの10周年の記念企画としてライブをやりたい』ということを紀北町出身で、大阪で活動しているフォトグラファー、『みやちとーる』くんに相談したことが始まりでした。

みやちとーるくんは大阪を中心にライブ活動をしている『大村みさこ』さんを紹介してくれ、当初彼女を来年のスケールの10周年記念ライブに来てもらおうと企画していたのですが、大村みさこさんはとっても謙虚な方で『尾鷲にもスケールにも縁もゆかりもない私がいきなり1カフェの10周年記念にお邪魔するのは申し訳ない』とのことで、『じゃあ、尾鷲、スケールがどんなところか、一度行ってみます』、ということになり前倒しでスケールに来ていただくことになりました。 (ありがたいことです)


心配していたお客さんの入りも、最終的には26名の来場があり、スタッフを入れてちょうど30名の
人でカフェはいっぱいになりました。

スケールがライブをやるに当たっての空間のキャパは30人くらいがベストで、それより少ないとガラガラな感じがしてアーティストに申し訳ないし、それより多いとギュウギュウな感じがしてお客さんに申し訳ありません。

当初予定していたキャパぴったりの来場があり、ホッとしているとともに、多くのお客さんに声かけしてくれ、連れてくれた友人・仲間に感謝感謝です。


ライブも滞りなく進行しました。
(したと思います)

若干、用意したスイーツが少なかったかなー、と思いましたが。

大村みさこさんはMCの中で自身で言われていましたが、「私の歌は眠りを誘うようです」との言葉通り、ピアノのゆったりしたリズムとのびやかな歌声が夜のカフェにゆっくりと溶け込んで行き、癒される空間となりました。

何より、普段は味わえない『夜のスケール』を見てもらえたこと、そして、その雰囲気にとってもマッチした大村みさこさんの歌声に、私としては大満足です。


ブログ上のことではございますが、大阪からきてくれた大村みさこさん、ブッキングや色々と段取りをしてくれたみやちとーるくん、音響を担当してくれたナカムラさん、受付等を手伝ってくれたマヤさん、イスを貸し出し・搬入をしてくれた若木屋さん、チラシを貼ってくれた店舗さん(ラパンさん、イフスタンさん、グリッターさん、スモールワンさん、ウインクさん)、ライブ情報をブログ、mixi、twitterなどで拡散してくれたみなさん、声かけしてくれたみなさん、来てくれたみなさん、本当にありがとうございました。

また、改めてお礼を申し上げたいと思いますが、まずはブログ上で失礼をば。


夜のカフェの様子↓少ない明かりとキャンドルで演出しました。こうやって見ると[スケール]が昔、鉄工所だった事がよくわかるというか、なんか「倉庫っぽい」ですよね
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手作りの照明で演出。
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小柄な人でしたが、声が伸びやかで、MCも終止ほんわかした雰囲気。
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お客さんにもゆったり、ゆっくりとリラックスした雰囲気で聞いていただけました。
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それと、これは私事ではございますが、今回のフライヤーは、みやちくんの写真データを元に私がイラレで作りました。
このフライヤーも「かっこいい」とお褒めの言葉をいただき、個人的にはとっても嬉しかったです。

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記念にお菓子の厨房(当日は大村みさこさんの控え室として使用しました)に貼ってあります。

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余談ですが、、、お客さんが帰った後に、、、みさこさんとマヤさん、みやちくんと談笑しました。

大村みさこさん、なんと[スガシカオ]さんが大好きだそうで、とっても嬉しくなりました。
私も[スガシカオ]さんが大好きなので…
不思議なセンスの繋がりを感じました。

お客さんの反応も良く、大村さんも喜んでくれ、また、来年、できれば10周年の企画の一環として尾鷲に来てくれると嬉しいなーと、思った次第です。

その時はまた、よろしくお願いします(^^)



※『大村みさこ』さん、公式ホームページ、ブログあります。ツイッターなども使われているようです。ライブ情報など、アップされているのでチェックしてみてくださいね。
また、一部[YouTube]にて歌を聞くことだできます。

リリースしているCDはアマゾンからでも購入いただけます↓
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夕方過ぎにカフェでこのCDかけてます。歌声が西日とともに空気に溶け込んでいくようです。


※ブログに掲載した写真はフォトグラファー、みやちとーる氏が撮影したものをお借りしました。











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by scale-158 | 2011-11-20 09:52 | events | Comments(0)
不毛な消耗戦の果て
昨日は[熊野古道センター]で上映された映画『ミツバチの羽音と地球の回転』を見てきました。

原発開発に揺れる山口県の[祝島]。
完全に持続可能、自活可能なエネルギー転換の実現を目指すスウェーデンの事例と対比させ、原発の未来、未来のエネルギーについて考える内容でした。

スウェーデンの先進的な法律と先進的な考えは、“それ自体”はどこの国でも実現が可能なものです。
日本においてもそれは可能で、むしろ自然が豊富な日本のほうが“技術的”又は“地理的”には世界より先駆けて実現できる環境にあります。

私がこの映画を見てのストレートな日本の課題は、『技術的な問題』『国民の理解』『地理的な問題』ではなく、原発は極めて『政治的な問題』、『利権の問題』であると思いました。

もちろんそれは映画を見る前から原発問題とは『極めて人間臭い』問題であることは熟知していましたが、先進的なエネルギー政策の事例を見る度に、『日本の体質』というものに辟易するばかりで、この映画からも先進的な取り組みに希望を感じると共に、一体日本は何をやっているのだろうと一層情けなくなる思いがしました。


映画を見て一番いたたまれなく感じられたシーンは、原発反対の住民が、電力会社に講義するシーン、県庁の担当職員に講義するシーンでした。

涙ぐましいほどの努力と姿勢にいたたまれなくなったのではなく、私は住民の講義を“受ける側”の人に対していたたまれなくなりました。

あの電力会社の人も、行政職員も願わくば、『講義を受ける側の担当者』になんてなりたくないでしょう。毎朝胃の痛む思いをしているのではないかと想像してしまうといたたまれずにはいられません。


担当の職員とて住民の心情なんで痛いほどわかると思います。

それでも電力会社の職員は会社の方針を、行政職員はあくまで中立な立場でその与えられた職務をこなす以外にありません。

おそらく反対住民側は、担当職員のヒューマニズムに訴える活動をしていると思うのですが、よしんば担当職員のヒューマニズムを動かしたとこで、おそらくその担当職員はその担当の職場を離職させられることによって済ませれてしまうはずです。

反対住民は、自分の家族、生活の場を守るために講義活動を続けていますが、電力会社の末端の職員も、行政の担当職員もまた、自分の生活があり、家庭があるのだと思うと、両者とも不毛な消耗戦に参加させられいてる末端の兵隊のように思われて、心が痛む思いがしました。

自分の身は一切傷付けずに、甘い汁を吸っているのは誰か…。

その答えは想像に難くないはずで、抗議行動や現場の苦労は“その存在”にストレートに届くべきです。
行政の唯一(と言っていいほど)なすべきことは、『その存在へのアクセスの権利』を住民に与えることではないでしょうか。

両者とも不毛なストレスを抱え、なんの利益も無いまま何十年も過ぎて行くというまさに不毛なことはただ疲弊させ、過疎化した地方をさらに過疎化させるだけです。


スウェーデンの事例の中でも好例だと思ったのは[環境裁判所]と[電力の自由化という仕組み]の存在です。

まず、そういうことだけでも整備できないものかと思った次第です。



最後に、、、、以上の文章の内容だけではこの問題を『誰かの所為』にしたい、『裏で操っている存在が根本の原因』みたいな書き方になってしまいましたが、私は別にそういうことを言いたいわけではないし、そういうことをクリアすることで全ての問題が解決するとも思っていません。

長年にわたる『病』は長年による『不摂生』が蓄積した結果です。
その『不摂生』は我々が自ら行ってきた行為なわけであって、つまり全ての人が加害者であり、全ての人が被害者なわけです。

何か一つを解決すれば全て解決されるわけではなく、長い間かけてからまってしまった糸はその何倍もの時間をかけてほぐしていくしかない、ということです。

面倒くさくでも始めなければずっと終わらないことであると思うので、今がまさにそのタイミングなのではないかと思った、ということを追記させていただいて感想とさせていだきます。

まだ、色々と書き足りないことはあるのですが、それは『他のことと関連づけたこと』なので、日を改めて書けたらなあ、と思います。










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by scale-158 | 2011-11-14 11:49 | events | Comments(0)
All You Need is Love
今日の尾鷲地方は晴れ。
少し肌寒い感じがします。

さて、昨日は友人の結婚式に出席しました。

新郎新婦(てゆーか主に新婦)の友人によるサプライズの演出がとても多くて、感動的な式でした。

これからの末永い幸せを祈るとともに、末永いおつきあいを、改めて言葉にしました。

本当におめでとうございます。


豪華の料理も堪能でき、お腹いっぱい、胸いっぱいで帰路につきました。



さて、今日ご紹介は[ペンネ・ナポリタン]です。



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平らなお皿ではなく、逆三角形の丼のような器に盛りました。

この器、市内の雑貨屋さん[IHUSTAN]で買ったものです。

[IHUSTAN]のオーナーさんは、私が器を眺めていると「それは冷たいスイーツを盛るとよさそうですよね」とか「意外にパスタを盛りつけてもよさそうですよね」とか、絶妙の相の手をいれてくれます。

私が心の中で思っていたことをそのまま言葉にしてくれたり、私が思っている使い方とは全然違う使い方を提示してくれたりして、買おうかどうか迷っている私の背中を押してくれます。

しかも全然押し付けがましさや嫌味がない。
これそ雑貨屋さんの接客、という感じです。

自分の仕入れた商品に責任を持っている感じとか、かわいいラッピングとか、接客の距離感とか……見習う点いっぱいあります。



今日の日記のタイトルは、[ビートルズ]の曲から。

結婚式のキャンドル点灯の時にBGMとしてかかっていました。













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by scale-158 | 2011-11-07 09:27 | pasta | Comments(0)
若者たちの文化展
今日の尾鷲地方はくもり。

世間的には、風邪が流行っているそうです。
私も若干ノドが痛いです。

明日は友人の結婚式に出席なので、風邪をひくわけにはいきません…
皆さんもお気を付けを…


先日、[尾鷲市民文化展]が終了しました。

今回の[尾鷲市民文化展]で最も注目すべき点は高校生の出展作品だったのではないかと、個人的には思います。

私も以前フリペ[owasebon]のインタビューコーナーでインタビューさせていただいた高校生、Tさんは3つの作品を出展されました。

一つは熊野古道を描いたもので、これは昨年のみえ高文祭で県代表に選ばれた作品。
一つは尾鷲神社の大楠を描いたもので、これは今年のみえ高文祭で県代表に選ばれた作品。
一つは尾鷲節コンクールのポスターの原画です。

こんなに、八面六臂な活躍ぶりを見せる高校生、私はなかなか知りません。

そんなTさんの作品を一気に見られるチャンスだったのです。
もちろん、他の高校生の絵画や写真の作品も見られる、数少ないチャンスで、高校生らしい瑞々しいてらいの無い作品に心躍りました。

大人になると、どうしても奇をてらったものや、他人の評価を気にしたもの、また、照れや見栄なんかも入り交じったりして、それが手に取るようにわかってしまったりするのですが、高校生の作品はクオリティなど云々抜きにして、清々しく観賞できました。


実はこの秋から、尾鷲高校の美術部の部員の作品を何ヶ月かおきに[スケール]で展示していくことになりました。

まだ展示は始まっていませんが、どんな作品に会えるのか今から楽しみです。


さて、今日ご紹介は[イチヂクのタルト]です。


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以前、ホールで注文いただいたものを写真に撮ったものです。

もうイチヂクは品質が良くないので、メニューにはのぼらず、オーダーも受けられません。
また来年まで、さようなら、です。












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by scale-158 | 2011-11-05 16:02 | sweets | Comments(0)
メタボリズム建築が夢見たもの
東京に行った際に、[六本木ヒルズ]内にある[森美術館]に寄ってきました。

[森美術館]では、『メタボリズムの未来都市』展を見てきました。
副題として、『戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン』と題されていました。

東日本大震災後の展示としては、大きな意味があるのではないか、と思いました。


では、[メタボリズム]とは何か、Wikipediaから引用します。


メタボリズムは1959年に黒川紀章や菊竹清訓ら日本の若手建築家・都市計画家グループが開始した建築運動。新陳代謝(メタボリズム)からグループの名をとり、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した。日本における「現代建築」の端緒であると見られている。

概要

彼らの構想した将来の都市は高度経済成長という当時の日本の人口増加圧力と都市の急速な更新、膨張に応えるもので、スケールの大きく、有機的な成長を可能にする柔軟で拡張性の高い構造が特徴であった。彼らは従来の固定した形態や機能を支える「機械の原理」はもはや有効的でないと考え、空間や機能が変化する「生命の原理」が将来の社会や文化を支えると信じた。黒川紀章や菊竹清訓らの都市・建築計画では、無数の生活用ユニットが高い塔や海上シリンダーなどの巨大構造物に差し込まれており、古い細胞が新しい細胞に入れ替わるように、古くなったり機能が合わなくなったりした部屋などのユニットをまるごと新しいユニットと取り替えることで、社会の成長や変化に対応しこれを促進することが構想された。
都市規模の巨大構造体(メガストラクチャー)を志向しがちなメタボリズム・グループの作品はしばしば技術官僚的と評され、前衛的なデザインも日常への応用とは離れた修辞的なものであった。これらはアーキグラムによる実現しなかった建築デザイン(ウォーキング・シティやプラグイン・シティなど)とよく比較されている。

中略

1960年に日本で世界デザイン会議(World Design Conference)が開かれる予定になっていたが、この会議のプランニングに関わった建築家達(浅田孝、菊竹清訓、黒川紀章、大高正人、栄久庵憲司、粟津潔、槇文彦)と建築評論家の川添登は建築の将来について話し合いグループを結成した。世界デザイン会議において、彼らは最初の宣言である『METABOLISM/1960 - 都市への提案』を発表し、「海上都市」「塔状都市」「新宿ターミナル再開発計画」など成長し新陳代謝する巨大都市のアイデアを披露した。彼らのアイデアは将来の社会を具体的に提案しようとしたもので、建築のみならず哲学など広く近代文明にも言及するものだった。
これら巨大都市計画は実現しなかったが、個々のメンバーは建築にその思想を適用させていった。黒川紀章の中銀カプセルタワービル(1972年)はその一例である。未来志向的な黒川・菊竹らとは別に、建築を集積させて都市を形成しようとする槇や大高らの構想は穏健なものであった。
1970年の大阪万博では彼らは会場計画・建築計画に共同で携わったが、この万博がメタボリズムや日本の高度成長の到達点であり終点であった(エキスポタワーなど)。大阪万博を最後に彼らの活動は分岐してゆき、磯崎新や篠原一男ら次の世代が台頭する。


以上、引用でした。

多分読んでもらえなかったと思うので、重要な一文だけ、再引用したいと思います。


“彼らの構想した将来の都市は高度経済成長という当時の日本の人口増加圧力と都市の急速な更新、膨張に応えるもので、スケールの大きく、有機的な成長を可能にする柔軟で拡張性の高い構造が特徴であった。”


戦後日本、経済成長とともに増加する都市の人口問題を解決するため、また、変化する様々なニーズに応えるため、縦方向、横方向に同じ工法で増築が無限に可能、内装もそれそのものが取り替え可能なユニットになっている、という構想でした。

二重螺旋構造にも似た柱の設計もあり、まさに『有機的に増殖する建築』のようでした。
無機質でありながら、一つの意思のもとに細胞が増えていき、そして朽ちた部分はそのままそっくり入れ替えが可能な、『新陳代謝をおこなう』建築群が、なんだか、不気味でもあり、ワクワクもしました。

無限に伸びる居住区は[メガストラクチャー]と呼ばれ、海上や戦争や災害などで被災した広大な土地がその構想の候補地として考えられていました。

Wikipediaの記述では『巨大都市計画は実現しなかったが』とありましたが、展示会場では、その実現しなかった[メガストラクチャー]の建築構想をCGで再現したり、模型が展示されていたりして、大変面白かったです。

『荒唐無稽』とも言われかねない[メガストラクチャー]の構想ですが、[メタボリズム運動]の発起人達にとってはとても胸躍る計画だったのではないかと思います。なんだか、名だたる建築家が子供のようにあれやこれやと構想する姿が目に浮かぶようでした。

残念ながら、時間の都合で1時間ほどで[森美術館]を出なければならなかったので、駆け足で展示を見ただけで終わってしまったのですが、こういう展示会、多くの人が見る機会があればいいのになあ、と思いました(会場内は、建築ファンの人や、建築学科の学生さんのような人達で埋め尽くされていたように思ったので)。

特に、震災の復興を担う若い世代や子供達に『夢のある復興ヴィジョン』として、こういうのを見る機会があればいいのに、と思いました。


余談ですが、[メタボリズム]の建築群は一つの秩序をもって増殖していく、“意思”のようなものを持っている印象を受けましたが、ピカピカな都市ならそれは[手塚治虫]的な都市を想像できるのですが、もし本当にこの建築群達が自我に目覚め、一定の秩序が崩壊し、暴走したまま増殖していけばどうなっちゃうんだろうという、一方では[大友克洋]的な想像まで膨らんでいってしまうのでした。

もちろん、そんなことは無いのですけど。



東京タワーからの眺め。遥か地平の向こうにもビルの影↓
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六本木ヒルズ↓
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六本木ヒルズのスカイデッキから東京タワーを見る。
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田舎者の目から見たら十分[メガストラクチャー]だね、この街は。

現実もまたSFのようでした。







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by scale-158 | 2011-11-01 15:44 | art | Comments(0)